ある地方公務員の「遺言」

定年が見えてきたある地方公務員がチラシの裏に書きなぐるブログ

山は崩れるし、川は溢れる

まず、先の豪雨による被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。

 

あれからひと月以上が経ち、報道も甲子園一色になっている状況ですが、大きな被害に遭ったところはまだまだ元に戻っていません。

 

小田川の氾濫で被害を受けた倉敷市では、まだたくさんの方が避難所生活を余儀なくされています。

 

www.city.kurashiki.okayama.jp

被害に遭われた方には申し訳ないのですが、私は絶対に溢れない川、絶対に崩れない山というのはあるのかということを考えました。

 

NHKブラタモリを見ていますと、これまでの地形変動の痕跡から今に至るまでの土地の成り立ちがよくわかりますが、地球はその変動を止めたわけではなく今もその最中であるということです。

 

川は溢れて周辺の田畑に養分を与え、山は崩れて扇状地や三角州などの平地を作りました。

 

川が絶対に溢れないようにしようと思えば、十数メートルの強固な堤防をつくればいいでしょうが、それは川を人間から遠ざけることになります。

山を崩れないようにしようと思えば、山肌をすべてコンクリートで固めてしまえばいいのでしょうが、草木もなくもはやそれは山とは言えないでしょう。

 

もちろん地方自治体としては全力で住民の生命、生活を守るわけですが、私個人的には地球の大きな営みの中で生きている、山は崩れるし川は溢れるということを心にとめておきたいと思っています。

財務省と文書改竄

文書改竄といっても、「書き過ぎ」というところを消したというレベルですが、それでもやってはいけないことです。

それよりも浮き出てきたのは、財務省がこういう追求への対応に慣れていないこと、本省と出先の温度差ですね。

特に感じたのは、このところの財務省幹部の対応が行政というよりも官僚のそれ、というところ。

行政であれば経緯や落としどころを考えるだろうが、とにかくこの場をやり過ごせばという感じで答えてしまい突っ込みどころを用意してしまう感じでした。

とにかく、今回の話は地方機関が何とかうまく納めようとして失敗しているので、今後は組織で対応できるように情報共有など考えるべきだと思います。

官僚の取材対応

文書書き換え騒動が鎮まってきたと思ったら、今度はセクハラ騒動。

なんでも、番記者の女性がセクハラに遭い、なぜかその音声が週刊誌に渡って公開されたというもの。

事務次官番記者が付いているというのは知りませんでしたが、大臣などの政治家とは違う情報が取れるのでしょうか。

しかしながら、事実かどうか分かりませんが、取材に際してセクハラが疑われる状況が考えられる、ということがダメでしょう。

取材対応は必ず業務時間内に複数名で庁舎内で行うなどのルール化が必要でしょう。

オフレコ懇談みたいなのも禁止にすべきです。

決裁文書

財務省の決裁文書の書き換えで大騒ぎになっています。

書き換えの内容などは他でたくさん取り上げられていますので、こちらは決裁文書そのものを取り上げようと思います。

どこの公的組織でも、何らかのアクションを起こすとき、例えば事業をする、お金を払う、契約をするなどのときには文書で意思決定をします。

文書には行う内容のほか経緯、課題や比較検討などを書いて、組織として決めるわけです。

 

誰が最終的に決定するかですが、基本的には組織のトップです。都道府県なら知事、市町村なら市町村長ですがすべての案件をトップが決めていたら膨大過ぎて大変なので、内容の軽重に応じて部長、課長のように決定権限が下位に任されています。

そして、その決定権者に至るまでに複数の職員の目が通され手を入れられます。書き直しもしばしばです。

文書の呼び方としては決裁、決定書、伺いなど様々です。

 

役所に入って最初に覚える仕事と言ってもいいでしょう。

官制ワーキングプア

ちょっと前、役所で働く非正規職員の待遇が悪い、と取り上げられていました。

まず、公務員の採用は競争試験、次に選考(看護師や薬剤師などの特別な職種)で選抜するというのが原則で、定員の範囲内で採用されます。

そのほかに、業務繁忙の際に6ヶ月以内に限って臨時に非常勤として採用できます。

それに対応して、だいたいの部署で非常勤職員を採用できる予算と権限を持っていることが多いです。

これが、あくまでも業務の補助という位置付けであり、予算も増えない中で賃金が低いままとなり、官制ワーキングと言われる状況です。

募集がハローワークに出ていることも多いので、一度見られてはいかがでしょうか。

国会で何をやっているのか

通常国会が開会され、中継やニュースでもみる機会があると思いますが、何をやっているのかよく分からない方も多いと思います。

予算委員会といっても予算について話している様子もないし、何か演説しているし。

国会の特徴としては、

一方的に質問し、一方的に答弁する

ことではないでしょうか。

質疑では議員に持ち時間があって、その時間内で質問し、答弁を受けることになります。

また、一方的というのは、仮に質問の意味が分からなかったとしても、答弁者はそれに質問できないというところです。反問権が無く、分からないまま答弁しなければならないのです。

次回以降に法案審議の大まかな流れについて触れたいと思います。

アメリカと日本の国家予算の決め方の違い

日本では通常国会で平成30年度予算が審議されています。

日本では、予算案は内閣が国会に提出して審議されます。

アメリカでは、政府は議会に予算案を提出する事はできません。議会が一から予算を作ります。立法と行政が徹底して分離されているわけです。

では政府は何もしないかというとそうではなくて、大統領が「予算教書演説」を議会で行って、政府の方針を議会に伝えます。

ちなみに、大統領は議会から招待されないと議会には出席できません。日本みたいに何かあると首相を呼び出す国会とは違います。

なお、日本の国会には予算案提出権はありませんが、修正することはできます。

残念ながら、日本の国会では野党が散々政府案を批判した末に政府案が通るというのが通例です。